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No.2 なぜ調弦が合わないか

 クラシックギターというのは調弦に苦しむ楽器である。そんなこと言ったらエレキだってフォークだって同じだろうと言う人もいるかも知れないが,それは違う。クラシックギターのナイロン弦というのが問題を大きくしている。クラシックギターでは,ナイロン弦は1弦から3弦までに使用されている。こいつがくせ物で,もちろん張り替えたばかりの時には落ち着かなくてどんどん伸びていく(音程が下がる)のだが,多少落ちついてからも温度や湿度によって簡単に狂ってしまう。ナイロン弦は室温が上昇すると,高めに狂う(ということはナイロンが縮む)し,室温が下降すると,低めに狂う(ということはナイロンが伸びる)。もちろんエアコンをつけて室温を変えても影響するが,冬に暖かい手でしばらく弦に触れていてもやはり狂ってしまう。本当に過敏なやつなのだ。これだけでも大変なのだが,なおかつギターはその構造上,どうやっても調弦が合わない楽器なのである。順番に説明しよう。
 音が完璧に澄んで聞こえるのは純正調という調律を施した楽器で演奏した場合だ。これは現代だったら簡単に再現できる。デジタルシンセサイザーにはチューニングがいくつか選べるようになっているのだが,その中に純正調があるのだ。
 元々,音程とはどうやって作られるのか。実は倍音という音をヒントに成り立っている。ある一つの音の中には,実は無数の倍音が入っているのだ。例えばドの音の場合,次に聞こえてくる倍音はオクターブ高いドの音,そして次に聞こえてくるのがさらに上のソの音だ。それ以上はあまり人間の耳では聞き取れないが,ミやシのフラットなども含まれている。この中で重要なのは5度のソの音である。では今度はソに含まれる5度の倍音はといえば,それはレになる。
 同様の手順を踏んで5度の音を次々に出現させていくと,最後にはまたドに戻り「12の音名」が登場することになる。これらをオクターブ調整して並べると,我々が親しんでいるドレミファソラシドの7つ(半音を含めれば12個)の音階が出来上がるという仕組みだ。
 
 ところが,残念ながら神のいたずらと言うべきか,再び戻ってきたドの音は最初のドよりも微妙に狂っているのである。均等な間隔で並んでいるように見える12個は実は均等ではないということになる。そこで,音階に関してはいろいろと試行錯誤が行われてきた。調律にはものすごい種類があるのだ。純正調もそのひとつで,純正調は3度の和音がもっとも美しく響くように音程間を補正している。その代わり,別の音を基準に和音を構築すると不協和となってしまうのだ。つまりドを基準にして生成した純正調では,ハ長調を弾いている限りにおいては,澄んでいて美しいのだが,転調した途端に濁るのである。これはまずい。そこでちょっと乱暴だが,12個の音をキリのいい100セントという数字で均等に並べてみる。どれも2セントから10数セント程上下にずれているのだが,これをすべて切り捨ててしまったのだ。

 

 純正調に比べるとわずかながらウネリが生じてしまうのだが,それはごくわずかであるし,すべての調において,ウネリの度合いは同じなので自由に転調することができる。これが平均律と呼ばれる調律方法である。
 音楽は平均律が普及してからは凄まじい勢いで成長していった。では世の中の楽器はすべて平均律になったのであろうか。そうではない。例えばフレットの無いヴァイオリンやチェロなどはソロでは純正調で演奏するそうだ。だから平均律に慣れている人が聴くと,ヴァイオリンのソロって一瞬音痴に聞こえる(^^;。しかしアンサンブルの中では平均律の音を取るのだという。
 
 さて,本題だ。それではギターという楽器はどうなのだろうか。ギターはフレットという金属の棒でネックを区分けしている以上,平均律の楽器である。ところが,ギターにはハーモニクスという演奏法がある。フレットに関係なく弦の半分,3分の1,4分の1の場所を触れて弦を弾くと5度上,オクターブ上の音が出るのだ。そしてこの音があの純正調なわけ。だからギターの調弦をする時にハーモニクスを使って調弦をすると,それはとりもなおさず純正調で調弦していることになる。これでは平均律のフレットを押さえた音程は合わないはずだ。よくやるのが,5弦の440ヘルツを中心にハーモニクスで調弦していく方法。5弦に合わせて4弦を,4弦に合わせて3弦を調弦し,2弦(実音)は6弦に合わせて調弦する人が多いだろう。そうすると3弦と2弦の間に狂いが集中してしまう。2弦が高すぎる結果になってしまうのだ。純正調では長3度は平均律よりも12セントも低くなければいけないのに,これではまったく逆である。だから中級者が調弦したギターはニ長調を演奏すると4弦の開放弦と2弦の3フレットのオクターブが非常に汚い。だからと言って今度はフレットを押さえた音で調弦すれば,それはそれは取りも直さず平均律で調弦していることになる。そうすると,曲の中にハーモニクス奏法があった時に,耳のいい人は完全に合わない事に悩むのである。
 
 これに加えて,クラシックギターの弦には不良弦というものがある。ナイロン弦というのはギター用に開発されるものだけでなく,他の用途のために精製されるものの中から,太さが均一な部分を切ってギター弦として売っているものもある。その中にはメーカーの誰がチェックしたのか,オクターブ間が50セント(2分の1半音)もずれている不良弦を見たことがある。あまりにも凄いので,記念品として取っておこうかと思った(^^;。もちろん数セントであれば我慢するしかないが,狂いが大きければ買い直しである。一説によればプロギタリスト山下和仁氏は,レコーディングの際,12〜20セット!もの弦を使うそうだ。

(2002年6月10日)