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No.10 テンション研究 Part1

 私が友人の曲をボサノバ風にアレンジしようとした時のことである。暫定バージョンが出来あがったので,友人H氏にデータを送ってみる。彼は音大出でバリバリの作曲家。早速理論的に間違っている部分を指摘される。その中に,「テンションのフラットナインスの音は絶対にベースにはならない」という言葉があった。
 
 え?ウソ! 私が持っているボサノバやジャズの理論書にはそういう例がたくさん書いてあるぞ。そのことを彼に告げると,「いや,そりゃ間違いだ。何か勘違いしている。絶対にあり得ない」と強気の発言。こうなると私は10年以上信じてきたコードボイシングに不安を感じてきた。私は確かに絶対音感はない。音楽大学での完全な和声学などを修得したわけではない。結構中途半端なのである。どういう響きがベストなのか。もっと良い響きは無いのか。自信が持てない状況にはよく出くわす。
 
 そこで,もうひとり別の友人E氏にも,この件について聞いてみることにした。「はたしてフラットナインスというテンションがベースに来ることはありますか?」。しかしE氏も同じ答え。「それはありえない。理論書にそう書いてあるのは,ボサノバのジョアン・ジルベルトがそういう風に演奏しているという事実があるから。だからと言って,それを理論として体系づけるのは間違いである」とおっしゃる。さらに「そのフラットナインスは別のコードのディミニッシュとして考えるべきだ」ともおっしゃる。私は混乱してきた。
 3人目の友人のM氏に会ってみる。この時はボサノバをよく演奏するギタリストの友人の方も一緒だった。同じ質問に対して「いや,ボサノバだったら,一時的にそういう事はありますよ」とお二人とも涼しい顔でおっしゃる! いったい誰の言葉を信じればいいんやら。ちなみにこの3人の友人は,私よりもジャズやボサノバに精通している権威ある人たちなのだ。
 
 さて,ここいらで,わかりやすいように例を挙げよう。楽譜と音で確認してみて欲しい。
 QuickTimeのプログレスバーが見える環境の人はその再生ボタンをクリックしてください。QuickTimeがインストールされていない場合は,リンクをクリックするとMP3ファイルがダウンロードされて聞くことができます。 
 
以下の譜例はいたって普通の1-6-2-5のコード進行に少しテンションを入れただけのものだ。これなら何の問題もない。

 




一般的なコードボイシング

 
 
ベースだけを取り出して聞いてみよう。

 




ベースのみの演奏

 
ギターだけを取り出して聞いてみよう。

 


ギターのみの演奏

 
 

 
 
 ところが,ギターを次の譜例のように演奏するといったいどうなるか。

 

 




低音を変えたギターのみの演奏

   

ボサノバの理論書では,4小節目はG7b9で,b9がベースになっているコードだと説明してある。こうすることによって,前のコードのDmと次のコードのCの両方を第2転回型で弾けば,ベースの半音進行が作れるためである。しかし,和声学においては,曲が第2転回型で終わるというのは不自然であるとされる。和音の第2転回型というのは,ある特定の進行の時しか使えないということなのだ。ならば,これらのコード進行は,CのKeyで考えてはいけない。Gのキーで考えるべきであるとするE氏の意見を採用するとしよう。つまり前の譜例は次のようなコードネームとなる。

 

 なるほど理屈は合うのだ。では,ベースはどうするか。まず,ベースがギターの転回型に構わずにキーがCとしてルートを弾いたとしよう。すると次のように聞こえる。

 


ベースがギターの低音に関係なくルートを演奏

 
 これは4小節目のG7b9の時に,ベースのソの音と,ギターのラのフラットが衝突して,相当気持ち悪い響きとなる。ギターが最も低い6弦で演奏しているために低域がすっきりしないのである(だからテンションはオクターブ以上離して配置するのが基本なのだ)。では,この4小節が,Key=Gなのだと仮定して,ベースもギターとまったく同じ低音をなぞったらどうなるか。

 




ベースがギターの低音に合わせて演奏

 

 


ギターとベースのアンサンブルで聞いてみる

 不協和音は生じないけれど,なんか釈然としない。では,ベースはG7b9の時だけ,ギターに合わせてラのフラットを弾き,残りはKey=Cだと仮定してそのルートを弾いたらどうか。

 




ベースが4小節目だけAbを演奏するが,あとはルートを演奏

 

 


ギターとベースのアンサンブルで聞いてみる

 
 私はこれが一番すっきりしているような気がする。しかし,ベースがラのフラットから突然ドに解決するというのは,クラシックの理論としては考えられないはずだ。クラシックの古典和声というのは,不協和音,不快な音を排除していく学問だ。そういう道と,“そんなこたぁ知ったこっちゃない”というジャズやボサノバの演奏は,やっぱり相容れないんじゃないのかな。かな〜り深いミゾがあると思うのだが....。

(2004年10月9日)