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No.15 Hey Judeに潜むダブルサブドミナント?

 
 ある日、ある匿名掲示板の音楽理論関係の所を読んでいたら、ビートルズの「ヘイ・ジュード」の後半にずっと繰り返されるリフレインに関してかなり熱く言い合っていた。
著作権上、楽譜や音源を載せることはできないが、さすがに超が2つ3つ付くくらいの有名曲であるから、そんなもの無くても音が思い出されるだろうと思う。ボーカルはひたすら「ラ〜〜、ラ〜ラ〜、ラララッラ〜」と歌っている部分だ。
一応GarageBandのマンドリン音源で作ったコード進行を乗せておこうと思う。原曲はヘ長調(Fメジャー)だが、分かりやすくするためにハ長調で話を進める。

 

ヘイジュードの終盤のコード進行

 

 ハ長調で書けばコード進行はすべて基本的な三和音でC→B♭→F→Cの繰り返しである。ハ長調のダイアトニックコードは以下のようになっている。

 

ハ長調のダイアトニックコード

 

 この中にはB♭というコードネームは出てこない。なのになぜ、このコードを使って良いのかというと、一般的にはハ短調(ハ長調から見て同主調と呼ぶ)のダイアトニックコードから、ちゃっかり借りてきたと説明できる。
 ところが、このB♭を機能的に説明しようとすると、かなり困ったことになるのだ。機能とはダイアトニックコードをトニック(安定している和音で、曲の最初と終始部分に出てくる)、サブドミナント(やはり安定しているが、トニックコードがちょっとだけうろちょろ散歩しているような和音)、ドミナント(必ずトニックの直前に居座り、トニックのお膳立てをしてくれる凄腕の相棒)のことで、古典和声ではダイアトニックコードはすべて何かの機能を持って連結されていると考えられている。
 
 トニック、サブドミナント、ドミナントはそれぞれ親玉と子分がいる。親玉と子分は3つの構成音のうち2つが共通という理由で師弟関係になる。下の譜例ではトニックをT、サブドミナントをS、ドミナントをDと記している。

 

 こういう説明は長調の場合は、わりと理解しやすいのだが、短調になるやいなや、とたんに分かりづらくなる。短調は音階が3つも存在している気むずかしい困ったチャンだからだ。
 まずは何の細工もしないで、長調の音階の3つ下(この場合はハ長調のドの3つ下だからラになる)の音から並べたものだ。

 

ラから始まる短音階

 
 

 これをちゃんとドの高さから同じ雰囲気にするには調号のフラットを3カ所に付ける必要がある。

 

ドから始まる短音階

 

 この上に3和音を乗せてみたものが次のダイアトニックコードとなる。

 

ハ短調のダイアトニックコード

 

 ところが、この中には主和音のド、ミ♭、ソの前に置くと主和音が煌びやかに輝くはずのGというコードは無い。あるのはちょっと素っ気なく根暗なGmである。
 このGmというヤツはなかなか自分のマイナーカラーというものに拘り、皆の中にとけ込もうとしない性格をもっている。通常ドミナントコードは7番目の音(ここではファのナチュラル)を付けてドミナントセブンス(ここではG7)というコードになることによって、さらにその後に控えたるトニックの輝きは増す。

 

ドミナントセブンスはトニックを輝かせる

 

 これはトニックの親玉であるドミソのミとドの半音ずれた音であるファとシ(これをトライトーンと呼んでいる)を演奏することによって、Gという和音の響きに凄みが増すからである。
 実は今まで3和音で説明してきたが、通常、コード理論を考える時には4和音で考えるのが一般的だ。ビートルズのヘイ・ジュードも4和音で書かれていればまた解釈は変わったのだが・・・。

 
 さて、マイナーのダイアトニックコードで、機能の問題となるのは7番目のB♭7(4和音にするとラの♭が追加される)である。こいつは、果たしてサブドミナントなのか、ドミナントなのか。
 どうも調べてみると、クラシック(厳格な古典和声)とジャズやポピュラーでは見解が異なるようだ。クラシックの和声学ではB♭7は次にE♭に進行することにほぼ限定されている。そしてE♭はCmというトニック親玉の子分である。そのため、B♭7の機能はドミナントと見なされる。
 ところがジャズやポピュラーの世界ではB♭7の次に平気でCmやCに進行する。するとトライトーンは長調の場合と違って、主音ではなく3度と5度に解決するのだ。終点のドに対してシはフラットがかかっているため、導音は存在しない。そのため、B♭7はCというトニック登場を華やかにさせる役目をきちんとこなしていないと解釈され、B♭7の機能はサブドミナントマイナーと見なされる
さて、ヘイジュードの問題の部分の機能を考えてみよう。B♭6という和音とGm7という和音を調べてみると、その構成音がまったく同じで並べ順が違うだけという事実を重んじれば、次のようにリハーモナイズしても、何の問題もない。この場合、Gm7は第一転回型を使えばよりメロディアスになる。

 

Gm7を使ってヘイジュードをリハーモナイズ

 

 そうすると、コード機能の連結としてはトニック→ドミナント→サブドミナント→トニックになる。なんのことはない、ブルース進行を少し細工(G7をGmに変更)したものということになる。
 しかし、ビートルズのオリジナルは4和音ではなく、あくまでも単純な3和音なので、B♭の部分をGm7に差し替えるとかなりの違和感がある。もちろんその違和感の大きさというのは、この曲に対する思い入れ、聞き慣れない代理コードでのリハーモナイズに対する抵抗がどのくらいあるかで人によって異なるだろう。
 コード理論なんていうのは曲が最初にありきの後付けである。なんとでも屁理屈をこね回せばいいのだが....
 だいたい、ポピュラー、特にロックミュージシャンは厳格な和声理論なんか勉強せずに勘と経験だけで曲を作っているのがほとんどだ。その作り方は、たとえ長調の曲でも、そのキーのマイナーペンタトニックスケールを思い浮かべ、それぞれの音をルートにして長三和音を作っているだけに過ぎなかったりする。Cマイナーのペンタトニックはド、ミのフラット、ファ、ソ、シのフラットだ。
つまりロック屋さんにとってのダイアトニックコードは次のようになる。

 

Cのマイナーペンタトニックスケールを三和音にする

 

これにハ短調のダイアトニックコードからA♭拝借して付け足している。

 

さらによく使われるA♭を付け足すとロックを作るためのダイアトニックコードが完成する

 

 ロックのジャンルでは、トニックのCを伴奏として弾いていても、平気でマイナーペンタトニックスケールでアドリブを弾いたりする。難しく言えば♯9thを演奏していると言えなくもない。
 考え方を変えれば、ハ短調のダイアトニックコードを使って、トニックのCmの所だけをつねにハ長調のCを借用してきているとも取れる。Dのコードをあまり弾かないのは、短調でのダイアトニックではこの和音はDm7♭5となりかなり扱いが難しい。かといって単純なDのメジャーコードを弾くと、Gにかかるダブルドミナントに近いので急に高尚な香りがしてしまうからだろう。
 
 上記の考え方でヘイジュードを分析しても良いと思う。
 
 しかし、ネットでいろいろと調べ事をしていたら、面白いページがひっかかった。ダブルドミナントがあるならダブルサブドミナントがあっても良いという考え方だ。
 ダブルドミナントとは、先ほどもチラっと言ったが、ハ長調においてG7の前に置くD7のことだ。つまりCを引き立てるお膳立てをするはずのG7が、自分をトニックの親玉だと思いこみ。自分を引き立たせるために連れてくる派閥違いのコードである。このダブルドミナントもちょっと洒落た曲なら気軽に使われるものだ。 
ならば、サブドミナントという和音が自分をトニックの親玉だと思いこみ、ちょっとそこら辺をぶらついてみました的な和音を自分の前に置いちゃうことがあってもいいではないかという理屈である。
 ダブルサブドミナントとは便利な解釈だ。確かにヘイ・ジュードはこれで説明がつく。でもこの言葉は少なくとも初めて聞いたし、ネットでググってもほとんどひっかからないということは、この人独自の考え方なのか、まだまだ少数派なのか。
 ただ、このサブドミナントの前にサブドミナントを置くという方法をずっと続けると、自然に4度下へと循環していくことになる。これはまたこれでロック系の循環コードとしてはありだと思う。

 

4度下降をどんどんつなげるだけのコード進行

 

そりゃ、ちょっと無理がありすぎるだろうと思うなら1つおきに第一転回型にすれば、ベースが半音ずつ下降することができるので、よりメロディアスになる。

 

単純に並べるだけでなく、1つおきに転回型を使ってみる

 

面白いのは、ここで使っているコードはすべてメジャーコードの三和音のみということだ。これでも立派な曲に聞こえるだろう。

 
 また、こんな解釈もある。我々はハ長調かハ短調という音階を使うことによってそのダイアトニックコードを作っている。コードというのは音階の中の音を3つか4つ、縦に揃えなおしたものだ。ところが、音階というのは学校で習う長調と短調3つ(自然短音階、和声的短音階、旋律的短音階)だけではない。他にもその名称を大昔の教会旋法から頂戴したドリア音階(美味しそう!)、フリジア音階、リディア音階、ミクソリディア音階などがある。この中でミクソリディア音階は次のような音構成になっている。

 

メジャースケールから7度を♭にしたミソクソリディアンスケール

 

 ヘイ・ジュードなどのロックはこの音階に成り立つダイアトニックコードで作られていると解釈する。

 

ミクソリディアンスケールを3和音にしてみる

 

 確かにこれでも説明は付く。皆さんはどうお考えになりますか?
 
 それにしても音楽家って馬鹿でしょ。「機能なんてどうでもいいじゃない。いい曲であればさ!」。そう言われたら身も蓋もないんですけれどね。
 
 

(2008年5月28日)