人生、懐かしがってはいけません

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No.62 人生、懐かしがってはいけません

 私は大学4年間、ギターアンサンブル愛好会というサークルに所属していた。そこで2年間、コンサートマスターをやったし、それがきっかけで今、プロとして活動している。でもこのサークル、私が25歳くらいのころに私自身が音楽顧問として指導していた時が最後で、その後新入生が入会しなくなり、演奏会という活動ができなくなって.....で、どうなったのかちょっと覚えていない(あまりに昔のことだからね)。確かそれから数年後に学園祭に行ってみたら、なんかまるで軽音みたいなフォーク系サークルのようになっていて、それからまた20年近く経って今に至った。
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 今回、白雉祭に行ってみようと思ったのは、江古田を懐かしみたいというのと、果たしてギターアンサンブル愛好会、略してギタアンはどうなったのかなという確認の意味があったわけ。正門を入って、受付でパンフを見てみると、なんとギターアンサンブル部というのがあるみたいだ。なおかつ「演奏会」と書いてある。さっそくその場所である1208教室に足を運んでみる。


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 演奏会は午後2時からと書いてあり、今はまだ午後1時。ドアが閉まっていたけれど、何人かの人が入って行くので、続いて入ってみた。すると、5人の男子学生がプライムギター(通常のクラシックギター)のアンサンブルでクイーンの「伝説のチャンピオン」を弾いている。よく聞いてみると、私のアレンジだ。現代ギター社から出版されている「ギターポピュラーアンサンブル」に載っているやつ。ええ、おい、オレその楽譜のアレンジャーやで。本人やで...と話しかけたい衝動にかられたその時、女の子がツカツカっと寄ってきて、「すいません演奏会は2時からなんです」。「え、あ、そう、じゃ今は練習中?」「そうです」。う〜む、「ギタアンって健在だったんだね。今は部員は何人くらいいるの?」と聞くと、その女の子はポーカーフェースで60人くらいですと言ってのけた。60!!!! なんだそりゃ。数字の意味がわかんない。60! 突然変異か。村治佳織ちゃんや大萩クンの影響なのか。ま、話は演奏会を聞いた後にするかと思って、部屋を出ようと思ったけれど、一応まったくの部外者ではないよと知らせたかったので、「僕ね、OBなんだ。今練習している曲は僕のアレンジだよ。僕は秋山って言います」と言ったら、「あ、そうなんですか」とちょっとだけビックリした様子ではあった。


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 それにしても思いがけない嬉しい展開になってきた...とこの時は思った。ギタアンが健在で60人の部員、演奏会で僕のアレンジを弾く! 演奏会が始まるまでは1時間くらいあるので、キャンパスをグルッと回ってみた。随分変わって新しい建物も建っている。さあ午後2時の演奏開始まであと10分くらいになった。1208教室に再び戻ってみる。


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 椅子は8脚ほど段差を作って2列で置いてある。そしてギターはギタースタンドを使ってそれぞれの椅子の横に立て掛けられてある。ということは演奏者は空身でステージまで来てこのギターを使って弾くわけか。今話題のピエゾピックアップのチューナーなどはヘッドに付けられていない。チューニング大丈夫かな。そして予備のギターは入り口近くにいくつも並べて陳列してある。まるでお店の展示のための什器みたいなのに10本程度立て掛けてある。お客さんはたくさんいるように見えるけれど、みな若くて後ろの方に固まっているということは、お客さんではなく60人もいる部員なのか。本当のお客さんは学生というよりもその両親みたいな人たち10人くらいが比較的前のほうに座っていた。演奏プログラムは黒板に張り出されてあって、手渡されるものではないらしい。曲はすべてポピュラーのアンサンブル。「アメージンググレース」「晴れた日に」「キセキ」「オリーブの首飾り」など全部で10曲。8曲目に「スターウォーズ」と書いてあるけれど、これも現代ギター社から出ているアンサンブル曲集だとすれば私のアレンジだ。9曲目が「伝説のチャンピオン」そしてラストが「ジ・エンターテイナー」となっている。アンコールはあるのだろうか。

 時間になった。部長の女の子(後から分かったが最初に私に話しかけてくれた女の子が部長さんだった)がこれから演奏会を始めますという簡単な挨拶。そして演奏は始まった。始まるまで気がつかなかった。椅子と譜面代、そしてギターは置いてあるが、足台が1つも無い。みんな足を組んで弾くんだろうか。興味津々で観察していると部長さんを含めた女子5人がなんとなくゾロゾロと入ってきてギターを手にとって椅子に座った。構えはいわゆるフォークスタイルだ。両足を揃えて座ってギターは右足に乗せている。部長さんだけは足を組んでいた。演奏が始まったけれど、なんというか、左手のフォームも自己流でバラバラ、右手のフォームも親指を表面番に乗せている子、薬指を表面板に乗せている子。中には終始12フレットあたりの指板の上を弾いている子などなど。爪を使ったコシのある音を出している人は一人もいない。ギター本来の音量ではなく、かぼそくつま弾いている感じ。

 予想どおり調弦は最初から少しずれていた。楽譜を見ているけれど、こちらから透けて見えるかぎりでは印刷譜、つまり出版譜だろう。期待してはいけない。それなりの演奏だ。1曲終わるとギターをスタンドに立て掛けてゾロゾロっとメンバーが全員入れ替わり、またスタンバイ。そして「おい、誰か曲名言わないとさ」みたいな雰囲気が漂って「えっと、次、何何やります。3年なので、がんばるのはこれが最後です。聞いてください。イチニサンシ」みたいに話してから曲が始まる。そして曲が終わるとまたメンバー交代。

 この時あやまってギターをスタンドからガタンと倒してしまうトラブルとかも発生。こちらは肝を冷やすが、当の本人はいたって平然としている。僕がアレンジした「スターウォーズ」は自分では成功作とは思っていなかったけれど、他の楽曲に比べればヒネリはあるほうだった。そして「伝説のチャンピオン」はこの子たちが弾くには難易度が高すぎた。「ジ・エンターテイナー」はやはりOBでプロの永塚さんのアレンジだった。10曲目が終わると、部長さんが、これで終わりですみたいな挨拶のようなものをして、それを合図にお客さんはゾロゾロと教室を出て行った。でも60人の部員が後ろのほうにいて、演奏会は終わったんだか終わってないんだか雰囲気が分からない。そしてステージの横にはエレキギターが1台置いてあるけれど、プログラムの中では使われなかった。

 どれどれ、これはひとつ部長さんにいろいろと話を聞いてみようと思って例の女の子に近づく(注:部長さんはこちらから話しかけなければ、向こうから私に話しかけるつもりはなかったようだ)。まず、どうしてこんな大所帯になったのかと聞くと、彼女が言うには若いクラシックギタリストのプロに影響されて集まったのではなく、ただなんとなく音楽が好きで集まったとのこと。60人もいたら部室に入れないでしょと聞くと、そうです、だからメンバーがちゃんと集まるのは毎週火曜日と金曜日に使用許可を取った教室でのみですと話す。その他、指導者は誰もいないということ、エレキギターが置いてあるのは、これからまだみんな身内で弾きっこ大会みたいに演奏が続くからだということを教えてくれた。そして定期演奏会は年に6回!、ただどれも外部のお客さんをいっさい呼ばず、身内だけでやるんだとか。ホールはどこかを借りるのではなく、今や大学内に演奏できる場所があるからそこでやるんだとか。とにかくぬる〜く集まって好きなように楽しんでいるというのが根底にある。
 だから指導者を呼んでもっといい演奏ができるように練習に励みたいとか、そういう世界からは完全に外れているだなと思った。だからOBとしてプロとしてアドバイスをしようという気持ちは起きてこない。それこそ、私たちは気楽にぬる〜く楽しんでいるのに、そんな厳しい練習とかそういう精神とか、お門違いだと言われそうでね。そうそう、このコンサートでは演奏が終わった後は拍手が起こるが、演奏前は演奏者が並んで入場して礼をして座るということはせず、何気なくバラバラっと適当に前に出てきてギターを持って座るため、演奏前に拍手をするタイミングが無かったことに後から気がついた。

 最初、ギタアンの部員が60人って聞いたとき、そして僕のアレンジが使われていることに気がついた時にはとても嬉しかったけれど、実は現在のギタアンは、自分とは、もはやまったく関係ないっていうか、自分が立ち入ることもできない世界なんだって気がついた時はやっぱり悲しいものである。なんか世にも奇妙な物語の世界に自分が迷い込んでしまったみたいな気分だ。

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 そして、この後江古田を歩いてみると、その気分はどんどん強くなっていった。江古田はお店が変わるどころか町の風景がすっかり変わってしまって、かろうじて昔からの飲み屋、お志ど里、鳥忠、和田屋なんてのが見えた時だけ、ああ、懐かしいと思ったけれど、それ以外は25年ぶりに訪ねた人が懐古趣味に走ることさえ許されないような無情さがあっただけ。もう江古田を懐かしいなどと言って訪ねてきてはいけないのだ。


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 冷たいようだが、あなたが会社をやめても会社は今までどおり存続して運営されていくだろう。自分が死んだ後だって地球は回ってちゃんと朝昼晩を繰り返して、東京の江古田には別の人たちが生活していくのだ。だからやっぱり昔なんて懐かしがってちゃダメなのである。人間、何歳になっても前向きに!