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No.12 チューナーは正義か?

 このエッセイのバックナンバーにもあるように,私は人一倍チューニングにはこだわり続けてきた。クラシックギターはナイロン弦を張って演奏する楽器だ。スティール弦(鉄線)じゃないために,温度,湿度によってピッチが大幅に狂ったりする。これがコンサート本番となるとなおさらだ。元気のよい音が欲しいために新しい弦に張り替える。当然ながら限界点まで弦はどんどん伸びる,つまり音程は連続的に下がり続ける。そのうえ,楽屋とステージ上での温度や湿度の変化,ライトの明るさなどでもピッチは不安定になる。“あの”人間ばなれしたチューニングをする山下和仁氏も一度だけ,やけにチューニングに時間をかけていたのを目撃したことがある(それでも我々には全然狂いが分からなかったわけだが(. 。)☆\バキ)。
 

 
 
 私が年末に行っているのはクラシックギターの主にアンサンブルのコンサートである。メンバーは私以外は生徒さん,つまりアマチュアである。一人でチューナー無しだってもちろんチューニングできる人たちではあるが,本番の舞い上がって心臓バクバクのさなか,三重奏において誰かのピッチが狂っているらしいと分かったとする。しかしそれが誰のギターの何弦が上がっているのか下がっているのかまでは瞬時には分からない。自分の3弦が下がっているのかなと勘違いして上げてみたら,もっと3弦が下がっているメンバーがいて,その演奏者とオクターブやユニゾンで弾く瞬間が来てアジャ〜なんてこともある(経験談)。そう,チューニングはクラシックギタリストにとって永遠の試練なのだ。
 

 
 
 昔,まだ私が学生に近かった頃,あるギターを愛好している私より年上の方が,「チューナーを使うなんてもってのほか。ちゃんと耳を鍛えて自分で合わせられるようになるべきだ」とおっしゃっていたことをよく覚えている。確かに音楽家を目指すなら至極当たり前のことである。だが,趣味と割り切った主婦やサラリーマンとなると話はまた別だ。平均律と純正調の違いを勉強し,自分のギターを限りなく平均律に合わせるべく,チューニングの狂いを均等に6本の弦にばらまくなんてことができるはずがない。これは,私も44歳にもなれば言い切っちゃう(^^;。だから普段からチューナーを使って,なるべく正確な平均律になじんでもらうのが一番なのだ。だから私もチューナーを良く使うし,生徒さんにも必ず使うように勧めてきた。
 

 
 
 コンサートではもちろんステージ袖で,チューナーを利用してチューニングし,最後に耳でも確認する。そうしてステージに登場するのだが,最初は良くても1曲,3分も弾けば狂ってくることがある。ギターアンサンブルという演奏形態が難しいのは,実はチューニングなのだ。二重奏や三重奏ならまだ確認することも可能だ。だが4人を超えたら...それこそマンドリンオーケストラみたいに10人から20人なんてギターアンサンブルになったら,あとは運を天に任せるしかない。
 

 
 
 「ピッチはあくまでも正確である必要はない。微妙に狂っているからこそ,そこに面白いコーラス効果が生まれるのではないか。現にそういうエフェクターだってあるではないか」という意見もあるだろう。だが,それは楽器にもよるのだ。たとえばバイオリンやビオラなどの楽器であれば,フレットが無いので,微妙に修正することができるし,大きなビブラートをかければ美しい弦の集合体である“ストリングス”となる。しかしギターはフレットがあるために,微調整するのが難しい。またビブラートも揺れはごく少ないために,狂いのほうが気になってしまう。
 また音が持続する楽器ではないから,発音した瞬間にピッチの狂いが最大限にわかり,減衰していくと分かりづらくなってしまう。そのため当の本人には修正は難しいくせに,他人には狂いが分かりやすいという非常に不利な状況にもあるのだ。
 

 
 
 長々と書いてきたが,以上の理由から,私は次回のアンサンブルのコンサートからKORGのチューナーをステージでも利用することを決意した。普通のチューナーはカセットテープほどのサイズがあるものだが,今年,KORGからクリップ式の小型チューナーが発売されていたのを,つい先日のコンサートの時に知った。AW-1というモデルである。

 

 これは楽器によって付け方が異なるが,ギターの場合はヘッドの部分に付けるのが一般的だ。

 

 チューナーはエレキギター,ベース用に入力端子が付いていたり,アコースティック楽器のために内蔵マイクが付いているのが一般的だ。しかしこのKORG AW-1の場合はクリップの所にピエゾピックアップが内蔵されているらしく,ごく小さく弾いたとしてもきちんと反応してくれる。周りの他の楽器が鳴っていても,普通の音量で弾けば誤動作なく,自分のギターのピッチに反応してくれるのだ。これをステージ上でも使おうというわけ。
 ステージ上でもチューナーを使うのかと驚く人がいるかも知れないが,私が行っているコンサート形式だと使わざるを得ない。私以外はアマチュアの演奏家なわけだから,私は曲間にMCで面白いネタを話しつつ,次の曲を紹介し,「さあ,ではお聴きください」と言ってから二人や三人のギターのチューニングを入念に確認する。この間にテンションが落ちちゃうのだ。このAW-1を全員が付けていれば,私がMCで話している間にそっと小さな音で正確に440kHzの平均律に合わせてもらうことができる。「ではお聴きください」と言ってから間髪入れずにジャン!と安心して弾き出すことができるのだ。

(2006年1月19日)